大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)51号 判決

被告主張の「エルジン注射器」の意匠が本件登録意匠の登録出願前国内において公知となつていたかというかについて検討する。検乙第一号証が、本件の無効審判事件において被告が本件登録意匠の登録出願前国内で公知となつていたものであると主張し「甲第一号証」として提出した「エルジン注射器」であることについては当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第九号証(右無効審判事件における口頭審理の証人調書)には、証人石渡清紹の証言として右の「エルジン注射器」は昭和三一年にカナダ国トロント市にあるギルバート・サージカル・サブライ・カンパニーのJ・R・ギルバートが来日した時に見本としてもらつたもので、他の見本類とともにケースに入れ客が来ると見せていた旨の供述記載があり、右石渡(清紹は通称、本名は哲三)は、本訴訟においても証人としてほぼ同趣旨の証言(尤も、右注射器をもらつたのは昭和三〇年か三一年の一一―一二月頃でギルバートの宿舎であつた帝国ホテルで受け取つたと供述している)がある。また、成立に争いのない乙第二〇号証によれば、右J・R・ギルバートが昭和三一年一二月一六日から同月二六日まで帝国ホテルに滞在していたことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない甲第一一ないし第一四号証によれば、原告代理人より右ギルバートへの問合せに対し、同人は同人が来日し帝国ホテルに滞在した時には「エルジン注射器」を持参した事実がなく、したがつてまた石渡哲三にこれを手渡した事実もないと回答していることが認められる。してみれば、前記石渡証人の証言はなんらかの記憶違いに基くものと判断するの外はなく、しかも他に右石渡が本件登録意匠の登録出願前に「エルジン注射器」を入手しこれを公知ならしめた事実を認めるに足る証拠はない。

してみると、審判における「甲第一号証」である右「エルジン注射器」の意匠が本件登録意匠の登録出願前国内において公知であつたものと認定したうえ、これを前提として右両意匠を対比し互に類似する意匠であるとして旧意匠法第三条第一項第一号に該当すると判断した本件審決は、その前提において既に誤つた認定に立つているものといわざるを得ず、したがつて右両意匠の類否の判断の点に立ち入るまでもなく、同審決は既にこの点において取消を免れない。

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